2012年9月10日月曜日

失った自分、そして取り戻した自分。金メダリスト・内村航平


体操の「ウチムラ」と言えば、ロンドン・オリンピックで金メダルを確実視されていた男である。

前回の北京オリンピック、個人総合で日本に24年ぶりのメダルをもたらした「内村航平」。10代でのメダル獲得は史上初であった(当時19歳)。続く世界選手権も、3年連続で制覇。これは体操界、史上初の快挙である。

そして、その万全の状態で臨んだロンドン五輪。しかし、オリンピックという大舞台は、他の世界の大舞台とは一種異なる、独特の雰囲気に支配されていた…。





◎いつも「見えている」


内村選手の最大の強みは、足先まで乱れのない美しい空中姿勢、そして、微動だにしない着地。彼の人並み外れて優れた「空中感覚」は、他の追随を許さない。

いかに高速で回転していようとも、内村選手の目には周囲の景色がつねに「見えている(本人談)」。それゆえ、彼が空中で自分の位置を見失うことは決してない。

「自分が今、どの高さにいて、どっちを向いているのか把握しています」。だからこそ、その空中での姿勢は乱れることもなく、その着地もピタリと決まるのだ。



たとえば、空中で3回ひねる時、1回あたりのひねり時間は0.3~0.5秒という、まさに目にも止まらぬ超高速。その超高速の中にあっても、内村選手は自分の肉体を、時間にしてコンマ単位、距離にしてミリ単位でコントロールしている。

彼がひねりを止めるタイミングは決まって残り半ひねりの時(何回ひねりでも)。時間にすれば0.1秒前後。その微細な世界を彼はコントロールしているのだ。

当然、そこまで「見えている」、そしてコントロールしている選手は、世界にも類を見ない。それゆえ、彼は世界王者に君臨しているのである。



◎狂い始めた景色


オリンピックで選手の見る景色とはいかようなものか。それは他の世界大会と何が違うのであろう。

少なくとも内村選手にとって、その景色はいつもとは少々違うものであった。



団体予選の鉄棒。

絶対的な自信のある種目だけに、内村選手は他の選手には決して真似できないような高難度の演技構成で臨んだ。

冒頭、倒立から手放し技への連続。成功。そして最も難しいG難度のカッシーナ。これも見事に成功。しかし、景色が少しずつ変わり始めるのはここからだった。



F難度のコールマン。いったん鉄棒を放した内村選手の手は、いつも通りであれば、確実に再び鉄棒をつかんでいたはずだ。ところがっ…。

「あーーーーーっと! 内村、落下ーーーーーっ!」と絶叫する実況。そして「あぁ~~……」と嘆息する大観衆。

「自分では、『持てる!』と思って手を放したのに、全然手が届いていなかった…」と、内村選手はその時のことをのちに語っている。

Source: jiji.com via chika on Pinterest




痛恨の落下後、演技を再開する内村選手。しかし、動転が収まらぬのか、最後の着地まで失敗する有様であった。もっとも自信のあった着地にまで…。



いつもなら、他の選手以上に周りの景色が「見えている」はずの内村選手。ところが、その景色どころか、肝心の鉄棒の目測までにも狂いが生じてしまった。

「力が出過ぎて、コントロールしきれない部分があった」と彼は語る。それほど、彼はオリンピックに賭けていたのであり、押しも押されぬ日本のエースとしての意気込みがあったのだ。

そして、「成功させたい気持ちが前に行ってしまった」と本人が語る通り、その精密機器のような歯車に、コンマ単位、ミリ単位の狂いが生じてしまっていた。

「どうした、内村?」。日本中、いや世界中が内村の不調に驚いた。いつも「プレッシャーは感じたことがない」と言っていたではないか?



◎狂い続ける景色


そして2日後、団体決勝。

当然、再起を期する内村選手。しかし、思わぬアクシデントがチームメイトを襲う。2種目目の跳馬で、山室光史選手が着地に失敗して骨折。

内村選手にとって、山室選手は高校時代から切磋琢磨してきたライバルであり、親友だった。



動揺する内村。なかなか気持ちを切り替えられない。

そんな不安定な心のままに臨んだ、最終種目の鞍馬。この時、日本は第2位。内村選手がいつもの演技をすれば、銀メダルは確実であった。



集中する内村。しかし、突如の大歓声に心は再び乱れる。その大歓声は地元イギリス・チームに対するものであり、イギリスは現在3位につけていた。

「正直、あの大歓声はすごく気になりました」と内村。



結局、動揺に次ぐ動揺のままに鞍馬の演技を開始した内村選手。そして、イヤな予感は的中してしまう。最後の倒立で大きくバランスを崩した内村選手は、その倒立が成立しなかったとされて、大幅な減点。





電光掲示板に表示されたのは、日本まさかの4位転落。銀メダルを確保するどころか、メダル圏外にまで転落してしまっていた。大歓声で盛り上がっていたイギリスは日本の代わりに第2位に浮上。

第1位 中国(275.997)
第2位 イギリス(271.711)
第3位 ウクライナ(271.526)
第4位 日本(271.252)
第5位 アメリカ(269.952)



◎笑顔のない表彰台


「日本、メダルを逃したーーーーっ!」。絶叫する実況。

「俺のせいだ…」と内村選手。「チームメイトにも何て言っていいか、わかんなかったです…」。



しかし幸運にも、その後の日本チームの減点に対する抗議が認められ、日本は2位に繰り上がり、めでたく銀メダルを獲得する結果となった。

それでも、内村選手の心は晴れない。表彰台に立った彼の顔には、最後まで笑顔が見られなかった…。首にかけられた銀メダルを、不思議そうに眺めるばかりで…。

のちの内村選手は、表彰台での気持ちをこう語っている。「『今まで何をやってきたんだろう…』っていうのをずっと思っていました」。

「過去に例のない不調」。内村選手はその淵にすっかりハマり込んでしまっていた…。





◎失敗して勝つのか?


団体決勝の翌日。いつもの演技ができずにいる内村選手は、コーチにある決断を迫られていた。それは鉄棒の演技構成の変更であった。

団体予選、鉄棒で落下した内村選手。その失敗を繰り返さないために、個人総合では、失敗したF難度のコールマンを別の低難度の技に代えることを求められたのだ。

コーチは語る。「内村ならば、たとえコールマンを失敗したとしても勝てると思っていた。でも、オリンピックの金メダルにふさわしい演技は、失敗して取る金ではなく、ミスのない美しい演技で取る金だ」



当の内村選手は、「悩みました。この4年間ずっと構成は変えずにやってきたので、正直迷いました」。

失敗して勝つのか? それとも、成功して勝つのか?

今までの内村選手は、次々に難度の高い技に挑み続けていた。だからこそ、F難度のコールマンを外したくはなかった。しかし一方で、コーチの言う通り、「ミスのない美しい体操」へのこだわりも人一倍であった。



◎モノ言わぬ後ろ姿


悩んだまま、選手村に帰った内村選手。すると、そこには骨折によって個人総合の欠場を余儀なくされた、あの山室選手の後ろ姿が…。山室選手も内村選手と同様、個人総合のメダルを狙っていた有力選手の一人であったのに…。

「光史(山室選手)は、口では『悔しい』とか、『出たかった』とかは言っていなかったけど、その後ろ姿からは、すごく悔しそうなオーラが出ていました」と内村選手。



その後ろ姿が、内村選手の背中を押した。

「よし、コールマンを抜いて、しっかりやろう。光史のためにも、メダルを期待する多くの人のためにも…!」



◎戻ってきた景色


そして迎えた個人総合、決勝。

そこに立った内村選手からは、いらぬ気負いが消えていた。彼の目には「いつも見えている景色」が戻ってきたかのように、落ち着いていた。

「自分らしい演技をしよう」、彼は何回も何回もそう心の中で繰り返していたという。



1種目目は、団体戦で失敗した鞍馬。この鞍馬という種目、内村選手は前回の北京オリンピックでも2度落下するという、じつは高校時代からの苦手種目であった。

時おり崩れそうになるバランス。それを必死でこらえる内村選手。何とか最後まで大きなミスは出なかった。

「ようやく、『内村らしい』演技が見られましたーーっ!」と、賞賛する実況。



続いて、つり輪、跳馬、平行棒と、平静を取り戻した内村選手は、次々と正確な技を決め、着実にポイントを稼いでいく。

そして、5種目目の鉄棒の番がやって来た。



最初の連続技。成功。G難度のカッシーナ。成功。後半に入り、コールマンの代わりに入れたC難度のひねり技。美しく成功。

そして、最後の着地へ…。

「止めたーーーーーっ! 見たかった着地ーーーーーーっ! この鉄棒で見られましたーーーーーっ!」

本来、内村の得意とし、世界にも絶賛されていた「ウチムラの着地」が帰ってきた…!。一寸も動かず、ピタリと止まるあの美しい着地が…!

Source: mainichi.jp via Yas on Pinterest




◎いつもの景色


「ようやく『自分が自分であること』を証明できました」と笑顔の内村選手。

団体の銀メダルではついぞ見られなかった笑顔が、個人総合の金メダルの表彰台でようやく見られた。





個人総合の優勝は、日本人としては28年ぶりの快挙。

「自分らしい」美しい体操を演じきった内村選手は、見事、その栄冠に輝いた。

オリンピックという独特の大舞台で一時は失われた「いつもの景色」が、最高に輝く形で内村選手の元へと戻ってきたのである。



「勝って当然」だった内村選手。

しかし、彼は最後の最後まで苦しみ続けた。「自分が自分であること」のいかに難しきことか…。

それでも最後に、彼はその苦しみに打ち勝った。それが王者としての宿命であり、さらなる強い王者としての道なのであろう。



世界王者、内村航平、23歳。

彼の可能性は計り知れない…。






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出典・参考:
NHKスペシャル ミラクルボディー

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