2013年2月9日土曜日

力の抜けてきた4回転ジャンプ。高橋大輔(フィギュアスケート)



「現役時代、僕にとっての4回転ジャンプは『体力を使わないジャンプ』だったんです」

そう語るのは本田武史コーチ。現役時代の本田は、世界を代表する4回転ジャンパーで、2003年の四大陸選手権ではフリーで「3本の4回転」を成功させている(ソルトレイク五輪では4位)。

その彼は今、「高橋大輔(たかはし・だいすけ)」に4回転ジャンプを指導している。



「『タイミング』を使って効率良く跳べば、疲労のたまるプログラム後半のほうが変な力が入らず、かえって成功するくらいなんです。その感覚を高橋君に身につけてもらうように指導しています」と本田コーチ。

これまでの高橋の4回転は、トウ(つま先)を強く氷に叩きつけ、「脚の筋力」を使って高く跳ぶという「パワー型の4回転」だった。この跳び方では明らかに体力を消耗するし、実際、高橋は2本目、3本目の転倒リスクが高まっていた。



「正しいのは『タイミングで跳ぶやり方』だって理論では分かっていたんですが、コツがうまく掴めなかったんです」と高橋。

「効率型の4回転」は、滑りのスピードを利用してタイミング良く跳び上がることで飛距離が稼げる。着氷後もスピードが落ちず、プラス点がもらえるというメリットもある。



「パワー型」から「効率型」へ。

本田コーチの指導の下、高橋は4回転ジャンプの練習方法を180°方向転換した。

今までは、「調子が悪いと4回転の跳び方をコロコロ変えていました」という高橋。「『コッチの方が跳びやすいかな?』とか、その日の身体の感覚で変えていました」。



良くも悪くも高橋は「感覚人間」。「スピンならこれくらいやれば4回転だろうとか、体感だけで判断して、キチンと数えていなかったんです」とテクニカルコーチの岡崎真は言う。

高橋は今すぐに4回転を成功させたいと焦るあまり、調子が悪いければ、その練習を行き当たりばったり変えていた。トリプルアクセルまでは固まっていたフォームも、4回転となると全く固まっていなかった。



そんな高橋が、回転をキチンと数え、同じフォームを固めようと決意した。それは「3年計画」の一環であり、ソチ五輪に標的を合わせたものだった。

「3年後までに完成すればいいやと考えたら、同じフォームで固めるしかないと思えました。昨シーズンからは、失敗してもずーっと同じ跳び方にしてるんですが、これは僕にとっては初めてのことなんです」と高橋。



今は「3年計画」のちょうど折り返し地点。

「今までは1シーズンで結果を出そうと思って、焦っていました。でも、3年間あるんだと考えたら、いろいろなことに余裕が出てきたんです」と高橋。「『今は出来なくても、次のために』という余裕が生まれて、それを繰り返していくうちに、試合でも結果が出てきて…」。



昨年12月のGPファイナルで、高橋はショートで4回転を成功させ、フリーでも2本目を成功(1本目はミス)。

「まさかの成功です。2本目を降りられるんだ、ということを自分自身で知ることができました」と高橋は笑顔をこぼす。「効率型の4回転」は、変な力が入らないプログラム後半のほうが成功するくらいだという本田コーチの感覚を、高橋は実感していた。



続く全日本選手権では、ショート1本、フリー2本、すべての4回転ジャンプを成功。それは自身、初の快挙であった。

「結弦(羽生結弦)もパトリックも、ハビエルも、みんなが4回転をショートで1本、フリーで2本決めている。僕はケガ(2008)以降、初めて決められて、やっと同じラインまでたどり着けました」

そう語りながら、ミックスゾーンで目を潤ませていた高橋。焦らずに歩を進めてきた成果は、確実に現れはじめていた。



高橋は「試合時が一番調子いい」のだと言う。

「試合のほうが、グッと集中するからなのか、身体のクオリティが普段と違うんです。練習で『あの身体』にしろと言われても無理」と高橋。「筋肉が柔らかくなってきて、詰まっていた力がスッと抜けていく感覚。関節や骨もユルユルになるんだけど、でも軸はある、みたいな」。







じつは高橋、超のつく「上がり症」。

「僕は基本的にはすごく焦るし、緊張するタイプ。試合前になると『どうしよう、どうしよう』って」

それが「3年」という余裕のあるタイムスパンを考えることで、だいぶ解消されたという。

「『出来ても出来なくても、これを3年後への経験にしよう』と思うようになれて、焦らなくなってきたんです」と高橋。「『あぁ、緊張し過ぎているな、これもオリンピックに向けた経験なんだ』と考えることで、スッと緊張が抜けてくるんです」。



意外にデリケートな高橋は、根性論で追い込まれて育つ選手とはまったく違う。

「高橋は叩くような言葉をかけたら沈んじゃいますから(笑)」

そう言って微笑むのは、高橋を中学2年生の時から指導している長光歌子コーチだ。

「彼はアスリートというよりは『アーティスト』なんです」



そんな美的な高橋は、急成長してきた18歳のライバル「羽生結弦(はにゅう・ゆづる)」の鼻息の荒さに驚く。

「彼のように、若い時に鼻息荒い姿勢を見せるのは絶対必要だし、あそこまでライバル心を剥き出せるのは羨ましいくらい。僕もあれくらい鼻息荒かったら、もっと若い時に結果を出せたのかな(笑)」

そう笑う高橋は現在26歳。男子のピークが28歳という話もあるくらいだから、まだまだ可能性は大きい。



「3年計画」は、いよいよ来冬へと迫ってきた。

「次があるから」との余裕は、その計画の到達点であるソチ五輪、「最後の試合」に向けられたものだ。

高橋を支えるチーム「D1SK」は、チームを「未」という言葉で表現した。「未だ完成せず」。今まさに完璧なものに向かって突き進んでいる真っ最中。



「ケガをして、バンクーバー五輪でメダルを獲って、現役迷って、ソチまで続けると決めて…」

高橋は今までのスケート人生を振り返る。

「目標があって、居場所があるって幸せだなって思っています。今が一番幸せなんです」と高橋は晴れ晴れとした表情で語る。



誰もソチ五輪の結果は知らない。

それでも、「今」が充実している高橋は、確実に望ましい方向へと歩を進めつつあるのだろう…!






ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 2/21号 [雑誌]
「まだ見ぬ自分に出会う旅 高橋大輔」

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