2013年6月28日金曜日

伝統から「近代化」へ。レスリングの復権を賭けて



「まさに事件だった」

松岡修造氏がそう言うのは、「レスリング」がオリンピックの中核競技から「除外する」と決定したことだった(2013年2月)。



「IOC(国際オリンピック委員会)は、なぜこのような判断をしたのか?」

松岡氏が主要人物に話を聞くうちに浮かび上がってきたキーワードは「近代化」だった。










IOC(国際オリンピック委員会)の理事会のメンバーの一人、「C.リーディー副会長」は、こう説明する。

「我々の判断基準は明確だ。その競技が『どう発展しきたか』、『どう近代化してきたか』を見る。修造、これは地球上で最大のショーに参加するための競争なんだ。オリンピックを目指すのであれば、競技同士は競い合わなければならない」と。



レスリングが「近代化していない」という指摘に対して、FILA(国際レスリング連盟)はどう考えているのか?

松岡氏は、FILA(国際レスリング連盟)の本部のあるスイスへと飛んだ。FILAの会長は、大柄で愛嬌のある「ラロビッチ」氏である。

「レスリングはとても『伝統的』なものだから、何も起こらないと思っていた。だから、他のすべての競技が取り入れている『近代化』をまったく気にかけていなかった」と、ラコビッチ会長は認める。

その一言は「衝撃だった」と松岡氏は言う。なんと、FILA(国際レスリング連盟)は、IOC(国際オリンピック委員会)の指摘する通り、「近代化の手」は一つも打っていなかったのである。



もし、オリンピック競技が「伝統」を競うものであれば、レスリングが他競技に引けをとることは決してない。なにせ、レスリングの歴史は紀元前を2,000年もさかのぼるほどに古い(メソポタミアの石板にそうあるらしい)。

そして、ギリシャのアテネで行われていた「古代オリンピック」を経て、1896年に開催された第1回アテネ・オリンピックからレスリングは採用されている。そうした競技はレスリングを含め8つしかない。

「レスリングは、1,000年単位で継承されてきた偉大な競技なのである(Number誌)」



だが、IOC(国際オリンピック委員会)の目指すのは、そうした伝統を頑なに守ることではなく、より分かりやすく、より面白く、各競技が「近代化」していくことだった。

この点、伝統という大きな背もたれに寄りかかっていたレスリングは、不意を突かれた格好になった。そして、IOC(国際オリンピック委員会)から急かされるように、レスリングはその深い椅子から立ち上がらざるを得なくなったのである。

皮肉にも、レスリング競技はその誇るところであった伝統によって、オリンピック競技から引きずり降ろされようとしていたのである。










レスリングは「テレビ視聴率」でも、マイナス点が指摘されている。

「ロンドンで行われた他の25競技に比べて、レスリングは『迫力』の点で劣っている。非常に間延びしていたのだ。ルールも複雑だ。よりエキサイティングに、より理解しやすくするかは彼ら(FILA・国際レスリング連盟)次第。ボールは彼らのコートにあるのだ」と、IOC(国際オリンピック委員会)のリーディー副会長は言う。



目の覚めたFILA(国際レスリング連盟)のラロビッチ会長は、勢いよくその決意を語りはじめる。

「私たちは、いい製品を提供しなくてはならない! それはまさに『面白いレスリング』だ! 新しいルールを採用し、この50年でやらなければならなかった仕事を、3ヶ月で成し遂げなければならない!」



オリンピックは、良くも悪くも「魅せる競技」。

「大事なのは、時代に合ったスポーツであるか? 観る側にとって魅力的なのか? という点だ」と、松岡氏は語る。



現在のオリンピック競技は、より迫力のある、よりエキサイティングな「エクストリーム系」が採用される傾向が強い。たとえば、冬季大会のスノーボードなどがそうである。

この点、レスリング競技と残り一枠を競う「スカッシュ」には分がある。

「最終的には、レスリングが体現する『伝統』と、スカッシュが表す『ニューウェーブ』の対決となるだろう(Number誌)」






松岡氏も最初は「古代オリンピックから行われている競技が外されるのはおかしい」と思っていたという。だが、取材を続けるうちに、その認識が世界と「ズレていた」ことに気づかされる。

1968年のメキシコ以来、すべてのオリンピックを取材しているイギリス人記者は、こう語る。

「なにをそんなにアタフタしているんだ。日本はレスリングでたくさんメダルを取っているから驚くだけだ。近代化されたスポーツにとって、これは当然の結果だよ」



じつはオリンピックに限らず、世界のどのスポーツにおいても、「近代化」という問題に直面していたのである。

「進化していかなければ、そのスポーツは存続できないのだ(松岡修造)」










「自分の罪と過ちを理解するのは、自らが最後であったりするものだ…」

FILA(国際レスリング連盟)のラコビッチ会長は、そう悲しげに語る。それでも、まだ諦めたわけではない。

「レスラーは決して戦うことをやめない。マットで転んだら立ち上がるだけだ」と、ラコビッチ会長は不屈の言葉を吐く。



現在、残り一つとなった競技枠を競うのは、「レスリング」「野球・ソフトボール」「スカッシュ」の3競技。

残る一枠は、今年(2013年)9月にブエノスアイレスで開かれるIOC総会に諮り、約100人の委員による投票で最終決定されることとなる。













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 6/27号 [雑誌]
「五輪に生き残るためレスリングが下した決断 松岡修造」

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