2013年7月17日水曜日

異次元の場外ホームラン「トニ・ブランコ」 [野球]



「僕の中では、ケンカをしないということもプロフェッショナルである条件の一つなんだ」

横浜DeNAの「トニ・ブランコ」はそう言う。たとえ死球(デッドボール)を受けても、彼はそれを怒って態度に出したりしない。



打てば打つほど死球を当てられるブランコ。

Number誌「来日1年目、39ホームランをマークした2009年は14死球も受けた。打撃好調の今年もすでに死球は7個を数える。これはリーグトップの数字だ(7月3日現在)」



横浜の野手総合コーチである二宮至は、死球を当てられても怒らないブランコを別の意味で感心する。

「当てられて怒るってことは、インコースを嫌がっていることをアピールしてしまうようなものだからね。そうしたら相手はますますインコースを突いてくる。投げさせないためには怒らないことが一番だよ。トニは頭がいいから、それをわかってるんだと思う」

体つきや雰囲気は怖いイメージを漂わせるブランコだが、じつは性格温厚、寡黙で内向的だと二宮コーチは言う。ドミニカ生まれだからといってラミレスのように陽気なわけではないそうだ。

Number誌「笑うときも天に向かって『ハハハ』と哄笑するのではなく、ちょっと俯いて『ヘヘヘ』とはにかむ」




今季2,000本安打を達成したチームメイト「ラミちゃん」ことラミレスからは、学ぶことが多いとブランコは言う。

「ラミちゃんからは我慢することを教わった。日本の文化も日本の野球も、ゼロから学ぼうとする姿勢が大切だ、と。僕が会った中ではラミちゃんは一番頭のいい選手だと思う」とブランコは話す。

一方、大先輩ラミレスは「日本で活躍できる外国人選手と、そうでない選手の見分けはすぐにつく」と言う。「まずは日本に野球を教えにきたか、学びに来たか。それと食事でも何でも日本の文化に挑戦しようとしているかどうかだね」とラミレス。この点、ブランコは二重丸だそうだ。

出されたものは何でも口にするというブランコ。外国人が敬遠しがちな紅ショウガも今では大好物だ。一番好きなのは焼肉の牛タンで、タレに大量の塩とレモンとにんにく、それと胡椒を混ぜて5〜6人前は軽く平らげるのだそうだ。



アメリカでプレーしていたブランコが、日本に来て最初に戸惑ったのは「ピッチャーの独特のリズム」だったという。

ブランコは言う。「アメリカのピッチャーの方がシンプル。みんな同じような投げ方で、同じような球を投げてくる。でも日本人はそれぞれ投げ方も違うし球種も違う。3ボールになったらアメリカのピッチャーは99%、まっすぐを投げてくる。でも日本人はスライダー、チェンジアップ、フォークと何でも投げてくる。読みを磨かなければ対応できない」






昨シーズン、中日を実質「お払い箱」になったブランコだったが、横浜DeNAに移籍した今季は驚異的なペースでホームランを量産している(4月14本、5月6本、6月4本)。

ある野球ファンは「今年はブランコの場外ホームランを見に来ているようなもの」とビール片手に上機嫌。「去年までのDeNAは先制点を取られただけで終わりだと思ったけど、今年はブランコの存在が大きい。4、5点差つけられてもまだ期待がもてる」と話す。

確かに、去年のDeNAは完封負けが多かった。ところが今季、5月10日の巨人戦では最大7点差を逆転したほどに攻撃力が格段にアップしている。

Number誌「昨シーズン、6月までのDeNAのチーム本塁打数は24本だった。ところが今季は倍以上の57本のホームランが飛び出した。その約4割を叩き出したのが、中日から移籍してきたブランコである」



ブランコは自身のホームラン増加と「飛ぶボール」の関連には「ノー」と首を振る。

「ボールが変わったからといって、僕は何も変えていないよ」と言う。

よくブランコと比較されるのは、セ・リーグで熾烈なホームラン王争いを繰り広げている「バレンティン」。だが、バレンティンが「ライナー性の当たりでホームランをスタンド最前列ギリギリに放り込んだりする」のに対して、ブランコにギリギリのホームランはほとんどない。たとえボールの反発係数が増して数メートル飛ぶようになったところで、ブランコの130〜140m級の特大ホームランには関係ないのかもしれない。

バレンティンはこう言う。「僕はレベル(水平)スイング。ブランコは下から上。スイングの軌道がまったく違う」と。



まるで次元の違うブランコの打撃。放たれたボールの描く軌道はゴルフのドライバー・ショットを見ているような錯覚に陥る。

そのケタ違いのパワーの秘密を問われたブランコは、「競輪選手のように巨大に膨れ上がった両太もも」を自慢気に叩いてみせる。その丸太のような太ももを使えば、ボールを打ち上げることができるのだそうだ。

中日時代の広い球場と違い、横浜スタジアムは狭い。ブランコのパワーならばコンパクトに振っても入ってしまうという。



だが強打者の宿命として、ブランコには死球だけでなく「三振」が多い。

だがブランコは「それが野球」と意に介さない。「パワーヒッターは必然的に三振が多くなる。三振と同じくらいヒットを打てばいいんだから、全然気にしてないよ」と静かに微笑む。



ホームランを量産中とはいえ、そのペースは減少傾向(4月14本、5月6本、6月4本)。そんな時は「我慢」だとブランコは言う。

「悪い時ほど自分の気持ちをコントロールすることが大事。今は我慢の時期だよ」

外国人選手として初めて2,000本安打を達成した大先輩ラミレスも、やはり「我慢」を言っている。ラミレス同様、「教え子」のブランコも日本人以上に日本人的な匂いを感じさせる。



最後に、なぜホームラン王を争っているバレンティンに死球が少ないかという質問に対して、ブランコはこう答えた。

「たぶん僕のほうが恐れられてるからじゃないかな」

ブランコがヘルメットを目深にかぶって見せた瞬間、その魔神のごとき眼光に戦慄が走る。













(了)






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ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/25号 [雑誌]
「55本を超えてゆけ トニ・ブランコ」


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