2014年6月8日日曜日

戦う男シメオネと、町のアトレティコ [欧州CL]




「彼はまさに本物の『戦う男』だった」

現役時代をともに過ごしたジュゼッペ・ベルゴミは言う。

「思い返せば、敵としてのシメオネは最悪。逆に味方となった彼ほど頼りになる男はいなかった」



その戦う男、ディエゴ・シメオネ。

現役時代、ダーティーな選手として名を馳せた。勝つために必要とあれば、相手選手を退場に追い込む挑発行為もいとわなかった。



そんな汚れ役のシメオネであったが、若手選手には優しく声をかけていた。

「絶対に失敗を恐れるな。オマエが多少のミスをしようが、後ろには常にオレがいる」

そのシメオネの一言で、若手の足の震えは止まったという。戦う男シメオネは、そんな「兄貴」だった。






「シメオネという男が本物であることは知っていた。だが、まさかこれほどとは…」

かつてプレーした仲間、ベルゴミは驚きを口にする。

現在のシメオネは「アトレティコ・マドリー(スペイン)」を指揮する監督であり、そのアトレティコが今季、欧州CL(チャンピオンズリーグ)の決勝進出を果たした。クラブとしては40年ぶりとなる快挙であった。



その直後、シメオネは記者らを前にこう言った。

「この場を借りて、選手たちの母親に感謝したい。こんなにでっかいキンタマを付けた子を産んでくれたんでね」

——いまの彼は現役当時と比べ、見た目でいえば角が取れるどころか、年を重ねた分だけ凄みを増した感がある。獰猛な野犬を想起させる強面に、つやつやのオールバック。そして黒シャツに黒ネクタイを合わせたスーツ姿。ベンチ前からピッチに鋭い視線を走らせる(Number誌)。






かつて守備的MFだった彼のスタイルは、いわゆるイタリア式。

「点を取る前に、まずは点を取られない」

シンプルな堅守速攻。世界屈指のコンパクトな守備ブロックと、鋭利なカウンター攻撃を武器とする。



「私のメソッド? ハードワーク、ハードワーク、ハードワーク。魂を込め、全力で戦うという要求に例外はない」

そして、シメオネの決まり文句はこうだ。

「パルティード・ア・パルティード(一試合、一試合)」

目の前の一試合だけに集中する。






その目の前には、レアル・マドリーとの決戦が控えていた。

アトレティコ・マドリー vs レアル・マドリー

ヨーロッパ全域を舞台に繰り広げられた欧州CL(チャンピオンズリーグ)は、奇しくもスペインの首都マドリードの2つのチームに収束していた。



両者は同じ街を本拠地としながら、まったく異なる氏素性、背中合わせの歴史をもつ。

富裕層に支持される「ナショナル・クラブ」のレアルに対し、市民の代表として労働者階級に支持される「町クラブ」のアトレティコ。レアルは潤沢な資金をもつが、アトレティコは毎年多額の借金に追われている。年間予算には約4億ユーロ(約400億円)もの開きがある。

毎年資金の不足するアトレティコは、つねに良い選手を売却する必要に迫られる。今季も開幕前、ラダメル・ファルカオ(昨季の得点王)を売却したばかりだった。それでも、シメオネは天性のカリスマ性で選手をモチベートしながら、CL決勝までこぎ着けたのであった。






2014年5月24日

決戦の地は、リスボン(ポルトガル)

そこから630km離れた両チームの故郷マドリードの競技場には、巨大なスクリーンが用意されていた。

——驚くべきスピードで、ピッチ上に4面の巨大スクリーンが設置された。普段は仕事の遅いスペイン人だけれど、なにか強烈な意志があるときの働きぶりはドイツ人よりも上だった(Number誌)。



マドリディスタ(レアル・マドリーのファン)の誰もが、「デシマ(10度目の欧州制覇)」を待ち望んでいた。

アトレティ(アトレティコのファン)はそれ以上に、タイトル獲得を夢見ていた。

——洗練されたマドリディスタと違い、アトレティはどこか若く、そのたたずまいも田舎臭い。だが、マドリディスタのように「ふん! オレたちは9度もCLで優勝したんだ」なんてプライドもない、愛すべき存在だった(Number誌)。






キックオフまで、あと数分。

「シメオネ!」と連呼するサポーターの声が、夕暮れの町に響いた。

アトレティコの決勝進出が、この偉大な指揮官の手腕にあったことをアトレティたちはよく認識している。



そのシメオネの戦い方には、一発の力があった。

アトレティコというチーム自体、伝統的にそうだった。かつてレアルとの「マドリード・ダービー」は過去5回実現しているが、タイトルのかかった一発勝負ではアトレティコの4勝1敗。

「一戦必勝」の局面では、アトレティコに分があるように思われた。



キックオフの笛が鳴ると、マドリードの通りには静寂がおとずれた。

——広場はガランと静まり返っている。のんきに町を歩いているのは、観光客のアメリカ人くらいのものだ。大通りグランビアも、土曜の夜とは思えない静けさだ。地下鉄も電車も、人影は少ない。誰もが、自宅やバル(バー)で、そしてスタジアムで、波乱に満ちた名勝負に釘付けになっていた(Number誌)。






試合が動いたのは、前半36分。

マドリーが決定機を逃した直後のことだった。

CK(コーナーキック)のチャンスで、マドリーの守備陣が中途半端にしかクリアーできなかったボールを、アトレティコがペナルティーエリア内に押し戻す。これにゴディンが頭で軽くポーンと合わせた。

ボールは、飛び出していたGKカシージャスの頭上を越した。カシージャスは必死に後退しながらボールをかき出そうとしたものの、マドリーのゴールは破られた。さすがのマドリディスタも、カシージャスの判断ミスには小さなブーイングを鳴らした。



スコアは1-0のまま、時計の針は着々とすすんでいった。

後半の終了は迫る。

アトレティ(アトレティコのサポーター)は喜びに叫んだ、「Si se puede!(いけるぞ!)」






ところが後半もロスタイムにはいった3分(93分)

セルヒオ・ラモスのヘディングが、アトレティコのゴールに突き刺さる。

値千金、起死回生の同点弾だった。



その瞬間、アトレティの脳裏には40年前の悪夢がよみがえっていた。

1974年、過去唯一経験した決勝で、バイエルン・ミュンヘンに終了間際の同点ゴールを許してしまい、そのまま敗れ去った苦い思い出だった。



はたして、息を吹き返したマドリー

延長戦はマドリーのゴール・ラッシュとなった。

ベイルが、マルセロが、駄目押しにはロナウドが、アトレティコのゴールネットを容赦なく揺らした。

4-1

マドリディスタの歓喜はおさまらない。






そんなときだった。

マドリーのDFバランが、ロナウドの決めたボールを、シメオネ目がけて蹴り込んだ。

その行為が、シメオネには侮辱とうつった。



おもわずピッチに飛び込んだシメオネ。

その殴り込みに、両チームは入り乱れての大騒動となった。



怒り心頭のシメオネ。

戦う男の本能に、思わぬところで火がついてしまった。

結局シメオネは、試合終了のホイッスルを待たずに退席処分を受けることになる。









勝者は、またしてもレアル・マドリーだった。

「さあ、今度は11個目のカップを狙おうじゃないか!」

レアルの主将、GKカシージャスは高らかに優勝トロフィーを掲げた。






一方、失意のアトレティ(アトレティコのサポーター)は…

静かに空港へと向かっていた。

リスボンから戻る”わが選手ら”を出迎える仕事がのこっている。



姿を現した選手らは、一様にうなだれていた。

主将のガビも、先制点を決めたゴディンも…、その表情は晴れない。



それでも、アトレティは精一杯に選手らを称えた。

チーム全員の名前をひとりひとり叫び、こんな声をかけるのだった。



「カンペオーネス(チャンピオン)!」

「お前らが王者だ!」













(了)






ソース:Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2014年 7/17号 [雑誌]
CL初のダービーファイナル「マドリード、2つの祝祭」



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