2015年10月9日金曜日

「奇跡じゃなくて必然です」日本vs南アフリカ [2015ラグビーW杯]



「勝つイメージはあります」

W杯の南アフリカ戦を前に、ラグビー日本代表の主将リーチは言っていた。





しかし、日本が南アフリカに勝てるなどとは誰も思っていなかった。

”南アフリカ代表スプリングボグス。恐るべき腕力と闘争心、おそろしく無慈悲、アパルトヘイト、人種隔離政策の黒い過去のもたらす影、その妙な深み。強い。… 敵の攻撃をぶっ潰す。ぶちかましに生きがいを覚える。そんな怪力国…(Number誌)” 

「どう見積もっても、最低で50点差をつけるのがスプリングボグス(南アフリカ)の仕事」と、マイク・グリーナウェイ(南アフリカ『ケープ・タイムズ』記者)は試合前に書いた。

”スプリングボグス(南アフリカ)には勝てない。白状するまでもなく思った。… 南アフリカのチームもやってきた。… 青い空。連中にとってはよい午後だ。本日ばかりは我らのボグス、スプリングボグスの負ける心配はまったくないのだから。断言できる。この時、この空間にあって、約4時間後の地球規模での大嵐を予測できた者は皆無だった(Number誌)” 



対戦前、ラグビー日本代表のエディ・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)は言っていた。

「南アフリカは相手にボールを持っていて欲しい。ディフェンスを好む国民なんです」

ジョーンズHCはかつて、8年前のW杯において優勝した南アフリカのコンサルタント(参謀)を務めていたことがあった。相手の手の内は知り尽くしている。一方で日本側の戦術は、本番までラインアウトもBKのムーブも封印、すべてをひた隠していた。



事件勃発の機運は満ちていた。

”ラグビー史に、いや、世界のスポーツの歴史に刻まれる大事件が、目の前で起きようとしていた(Number誌)










時計は70分59秒をさした。

ラグビーW杯、日本 vs 南アフリカ

残り時間、0分。

29 - 32

日本、いまだ3点のビハインド。



徹底して攻めた日本代表は、残り0分、南アフリカのゴール正面でPK(ペナルティーキック)を獲得した。

ここで日本代表は重大な選択を迫られた。

キックかトライか?



キック(PG, ペナルティーゴール)が決まれば3点。試合を同点に終わらせることができる。日本のキッカー五郎丸の成功率は80%以上だ。一方、一か八かでトライを選択すれば5点以上、つまり逆転を狙うことができる。が、失敗すれば0点、敗北が確定する。

”世界最強のディフェンス国を相手に、トライはそうそう取れるものではない。PG(ペナルティーゴール)を選択すれば、五郎丸歩が難なく3点を入れるだろう。引き分けでも大事件だ。南アフリカ代表スプリングボグスといえば、ニュージランド代表オールブラックスと並ぶ世界ラグビー最強国の双璧。世界最大の雄大な体躯で、愚直に頑強に、ひたすら激しいプレーを反復する。1995年から参加しているW杯で敗れたのは、5大会でわずか4度。ニュージーランドとオーストラリア、イングランドという優勝経験国以外には敗れていないのだ。そんな南アフリカと引き分けたなら、それは充分に事件だ。胸を張って引き分けを狙っていい。それは当たり前の選択だ(Number誌)

だが、桜のエンブレムを胸にした勇敢なる15人は、そうはしなかった。

主将リーチマイケルが両手で示したのは「スクラムの形」。



スタンドの3万人がどよめいた。

総立ちになった。そして絶叫した。

ジャパン!

ジャパン!

ニッポン!

ニッポン!

”日本のサポーター、中立のはずの英国のファン、さらには緑の南アフリカ・ジャージーを着たファンまでもが叫んでいた。日本代表の背中を押す声がスタジアムを覆い尽くす(Number誌)

リーチ主将は「同点じゃなくて、勝ちに行くことしか考えなかった。全員が勝ちにくという気持ちだった。その気持ちをガッカリさせるわけにはいかなかったし、トライを取り切る自信もあった」と試合後に語っている。



「南アフリカくらいなら押せますよ」

HO(フッカー)堀江翔太がそう豪語していた日本のスクラム。

日本がボールを動かす。

南アフリカの大男たちが、タックルに来る。

”普段なら鈍い音を立てて対戦相手を粉砕する緑のジャージー(南アフリカ)を、赤白のジャージー(日本)が鋭く突き飛ばす。右をブロードハーストが突く。左にもう一度リーチが出る。日和佐が素早くさばく。次から次へと繰り出される連続攻撃に、疲れ切った南アフリカFW(フォワード)の足はついていけない。目の前で起きている事態が理解できない。

「ありえないぞ…、こいつら何者だ?」

そんな悲鳴が聞こえてくる(Number誌)



ゴールラインまで、あと1m。

ここが勝負!

南アフリカのFW(フォワード)が必死に駆け寄ろうとするのを見すまし、日本は一気に攻撃の向きを変えた。立川がオープンへと大きくパスを飛ばす。

それを最高の男が受け取った。

日本の最終兵器、マフィだ!



マフィは左に流れながら突進、タックラーをハンドオフで外しながら、左へとボールを飛ばす。

その先にいたのは、ヘスケス!

本場ニュージーランド生まれの弾丸ライナー!


”最後のスクラムの直前、備忘のため手元の録音機に自分の声を吹き込んだ。「ヘスケス、ヘスケス」。組む前からそれしか言っていない。カーン・ヘスケスのあの強靭な足腰を南アフリカ人は知らない。そこで勝負!(Number誌)”


ヘスケスは言っている。

「スペースが見えた。そこに一直線にドライブすることだけ考えた」


トライっ!

トライだー!


ヘスケス「信じられなかった。起き上がろうとしたら、みんなが押し寄せてきた。あんな気持ちは初めてだ!」

”スタジアムの3万人は、もはや誰もが立ち上がっていた。悲鳴と絶叫がとどろく中、赤白のジャージーが左コーナーに滑り込んだ。ここに、世界のラグビー史上最大の…、否、そんな表現ではおさまらない、世界のスポーツ史で最大といっていいセットアップ(番狂わせ)が完結した(Number誌)



トライ成功!

スコアが、ついにひっくり返った。

日本 34 vs 南アフリカ 32



見たか!

ジャパンがやったんだぞ!

そう言わんばかりに、ラストパスを放ったマフィはジャージーの胸を両手で引っ張り、桜のエンブレムを観客たちに見せつけた。



ジョニー・ウィルキンソン(W杯2003優勝、イングランド代表)はすぐさま、こうツイートした。

「日本の素晴らしいパフォーマンス。私の心臓は最後の数分からドキドキして、今もまだそれが収まらない」

クライブ・ウッドロワード(イングランド優勝監督)は、こう言った。

「Wow, 日本がキックを狙わずトライを狙いにいったのは、W杯史上最大の決断、W杯史上最高の試合。ブリリアント!」


”ジャパンは、短気と実行力と毒舌と努力の指導者(エディ・ジョーンズHC)のもと、理の外の理を生きた。理にとどまってスプリングボグスをやっつけられるはずもない。だってスプリングボグスだぜ。 … 泥酔にふらつく中年の南アフリカ人に「ジャパン、見事なり」と声をかけられた(Number誌)

”鍵となったのは「Relentless Motion(容赦ない絶え間ない動き)」という言葉だ。Relentlessはアメフトでよく用いられる。相手に対して容赦なく襲いかかり、圧倒する。エディーHC(ヘッドコーチ)の場合は「 Motion」という言葉にオリジナリティがある。相手を疲弊させるほどの動き。この発想を実行するのは極めて難しいから、エディー以外は誰も掲げない。そして、南アフリカ戦で80分間それを実現させた。合宿の3部練習や、肉体を酷使したあとに午後6時からスクラム練習をするなど、常識はずれのメニューを課した結果が勝利へと結びついた(Number誌)

”誇張を嫌う英国BBC放送のサイトの報告記事に「奇蹟」とあった。 … 進行中のW杯の最終到達点がどこであろうとも、「ジャパン、スプリングボグスを倒す」の偉業は不滅だ。芝の上の勇士たちは、半世紀先まで英雄である。 … 向こう数十年、日本vs南アフリカ戦はいたるところで話題になる(Number誌)



「日本勝利」の歴史的価値は、ラグビーに疎い日本人よりも、むしろイングランド人のほうに衝撃をあたえた。

Out of a clear blue English sky came a thunderbolt
青く澄んだイングランドの空に稲妻(オブザーバー)

Great shock in sport
スポーツ史上最大のショック(サンデー・テレグラフ)

The biggest shock I will ever live to see
こんな衝撃は生きているうちにない(サンデー・タイムズ)



どこも感嘆詞のオンパレード。

「桜が満開」

「ロマンチック・アップセット(番狂わせ)」



そんな中、勝利の立役者、五郎丸はいつものポーカーフェイスでこう言った。

「これは奇跡じゃなくて必然です。ラグビーには奇跡なんてありません」










(了)






ソース:
Number(ナンバー) 887号 BASEBALL CLIMAX 2015 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))



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