2016年4月13日水曜日

大谷翔平とプライム12 [野球]



野球の新しい国際大会

プレミアム12



その初戦、韓国戦をひかえていた大谷翔平(おおたに・しょうへい)は独り、ホテルで食事をとっていた。侍ジャパンの選手たちのほとんどが外食に行ってしまったにもかかわらず。

大谷は言う。

「僕、ごはんを食べているときに、次の日の試合のことを考えちゃうんです。それも、『明日はどうなるのかな』ってマイナスな面ばかりが出てきてしまう。打たれるシーンばかりが浮かんでくるんです。絶対に抑えてやると思って食べている感じはなくて、『本当に大丈夫かな?』って、不安な気持ちで食べているんです」



大谷の母、加代子さんは言う。

「翔平は小さい頃から、楽しみにしていた遠足の日になると熱を出していました。家族でディズニーランドへ行く前日は、はしゃぎすぎて愛犬のエースに噛まれてしまったこともあるんです。大事なところで勝負弱いんですよ…」







大谷は高校時代、県大会の決勝で敗れ、甲子園を逃した。

プロ2年目の去年、あと一つのところで日本シリーズへの出場を逃した。

そして今シーズン、CSでマリーンズに勝てず、日本一にはなれなかった。



大谷は言う。

「変えなきゃいけないと思いました。今まで大事な試合で勝ち切れなかったのは、どこか足りないものがあるからだと考えてみたんです。そういう意味では、僕にとって『プレミア12』はまたとないチャンスでした」

独り、黙然と食事をすすめながら、大谷はあえて、韓国のバッターに打たれる光景をイメージしてみた。

「いつもごはんを食べているときに明日のことは考えないように意識してきたんですけど、今回は前日に全部、考えようと思いました。これまで野球をやってきた中で一番といっていいほど緊張するところで、どういうピッチングができるのか? どういう状態でマウンドに上がれるのか?」

ポジティブな自分と、ネガティブな自分が交互にあらわれた。

食べ終わってもなお、その葛藤はつづいていた。

「僕はこれだけデカい大会で勝ったこともないですし、前日は本当に緊張しました」







部屋に戻って、一本の映画を見た。

「観たのは "Facing the Giant(フェイシング・ザ・ジャイアント )" というアメフトの映画だったんですけど、これ、メッチャおもしろかったんです」



――映画の主人公、グラントは、ハイスクールの弱小アメフト部、イーグルズを率いるヘッドコーチだ。しかしチームは連戦連敗、格下だったはずの相手にも負け、学内にはグラントの解任論も巻き起こる。

そんなときグラントは、雨を心から欲し、神に祈った2人の農民の話に出会う。祈り続けた農民のうち一人は、ただひたすら祈り続けた。もう一人は、祈りながらも雨に備えて畑を用意した。あなたはどちらかと聞かれ、グラントは畑を用意すべく、チームの目的を見直し、コーチとして選手に求めるべきは何なのかを問い直した。

その答えは、己の力を出し尽くし、結果を神に委ねるということ。常に全力を尽くしているか? それは本当に全力か? そう自分に問いかけ、選手に問いかけたグラントは、チームを見事に生まれ変わらせた。

イーグルスはついに、州のチャンピオンを懸けて、強豪ジャイアンツと対戦する――

Number(ナンバー)891号 Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー)



大谷は言う。

「映画の中に出てくるいいフレーズが、今の自分に引っかかってくるんです。明日が来ないで欲しいという不安と、明日が早く来てくれないかな、早く投げたいなという期待が引っぱり合う感じで。『すべてにおいていいことをして、いい準備をして、あとは任せましょう』という映画のストーリーが、今の自分にすごく合っていた」







2015年11月18日

大谷翔平はプレミア12、初戦のマウンドに立った。

韓国のトップバッターは李容圭。



フワーンとアウトハイに抜けた初級、149㎞のストレート。

そのとき、李はバントの構えをみせた。

大谷は驚いた。

「負けられない戦いの中で、一流の選手が集まって、その初球からなりふり構わず、真剣に勝ちにきている。国単位の戦いっていうのは、こういうふうに、一生懸命崩そうとしてくるんだな、とビックリしました」

大谷にスイッチが入った。

「今までの自分なら、『なんだバントか』とか考えてしまったと思うんですけど、あの試合のときには、そういう気持ちを超えた自分がいましたね」

初回から161㎞をマークした大谷は、三振を奪って雄叫びをあげた。



――宿敵・韓国との開幕戦で、先発の大谷翔平(日本ハム)が "本気" のピッチングをみせた。

「昨日の夜は緊張しているのが分かった」

日の丸の重みをこう語った大谷が、いきなりMAX161kmを出して6回を完封。韓国打線に得点を許さなかった。この試合、大谷は10個の三振を奪って、侍ジャパンを勢いに乗せた。

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日の丸を背負った真剣勝負は、日本人の心を大きくゆさぶった。



――メキシコ戦は9回に5対5に追いつかれた裏に、中田翔のサヨナラ打での勝利だった。ドミニカ戦でも7回に追いつかれて、8回にふたたび中田翔が決勝打を放つと、アメリカ戦では打線が爆発、2本塁打10得点の快勝。ベネズエラ戦は9回に逆転を許しながら、再逆転のサヨナラ勝ちと、とにかく手に汗をにぎる戦いがつづいた。

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普段なら野球中継を観ない人たちまでが、テレビに食い入った。



――こうしたスリリングな戦いが、テレビの視聴率にも反映した。初戦の韓国戦で平均19.0%をマーク。その後はサッカー日本代表のシンガポール戦とほぼ同時刻中継となったドミニカ戦も15.4%でサッカー(13.2%)を上回る数字を残し、ベネズエラ戦で20.0%、準決勝・韓国戦ではついに25.2%にまで数字を跳ね上げ、注目度の高さを示したのだった。

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2015年11月19日

準決勝の舞台で日本は、ふたたび韓国を相手にすることになった。

侍のマウンドには大谷翔平が立った。



大谷は言う。

「ぼくは初戦の韓国戦のほうが緊張するのかなと思っていました。でも実際、準決勝で投げることに決まって、そこへまさかの韓国が来て、これはすごいなと思ったら、初戦よりも緊張しちゃいましたね。だから、(前日の晩)、もう一回観たいなという気持ちになって、また同じ映画を観ました(笑)」







7回を1安打、無失点に抑えた大谷。

涼しい顔をして、平然と韓国打線を圧倒した。

奪った三振は11を数えた。



ところが…

――大谷のあまりの快投に酔い、どこかベンチも楽観的な勝ちムードに支配されて、しっかりとした危機管理ができていなかった。

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まさかの逆転負けである。

日本全土で沸騰していた熱は、一気に冷めた。






敗退後、侍ジャパンの「希望野球」が問題視された。


――敗れた準決勝の韓国戦では、こういうことがあった。

3点リードの7回に、先頭の坂本勇人(巨人)が四球で出ると、つづく山田哲人(ヤクルト)の初球に二盗に成功。ここで送らずに右打ちの指示だった。山田は結果的には四球で、一、二塁とチャンスが広がった。しかし、結局は後続にタイムリーが出ないで無得点に終わった。

山田の四球はあくまで結果論である。ここではあくまで山田が送って、1死三塁をつくるべきではなかったか。結果として点が入ったかどうかはもちろん分からない。ただ、そうして外野フライやボテボテのゴロでも、欲しい1点を奪いとれる形をつくる。三塁に走者をおくり、相手に前進守備をさせることでヒットゾーンが広がるメリットも生まれる。

それが一戦必勝の国際試合での戦い方のはずである。

3割打者が3人そろえば安打の確率が9割になるわけではない。確率30%の打者が3人つづくということなのだ。ならば漫然と誰かが打つのを期待する希望野球ではならない。小久保監督がどういう野球を目指すのか。まさかこの希望野球で勝てると思っているのではないだろう。

あのイチローでさえ、WBCでは必要とあらば自らセーフティー気味の送りバントを選択するような戦いなのだ。


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敗れた後、大谷は落ちていたゴミをひょいと拾った。

大谷は言う。

「あれはゴミじゃないですよ。僕は他人がポイって捨てた運を拾っているんです」



その姿は、先輩の稲葉篤紀に倣ったものだった。

「稲葉さんが試合中、守りから戻ってくるベンチの前で、サッとゴミを拾ったことがあるんですけど、カッコよくて感動しました。僕はゴミを通り過ぎてから、戻って拾う。『お前はそれでいいのか?』って、後ろからトントンされちゃうタイプなんです(笑)」






ソース:Number(ナンバー)891号 特集 日本ラグビー新世紀 桜の未来 (Sports Graphic Number(スポーツ・グラフィック ナンバー))



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